大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和27年(ネ)796号 判決

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は控訴代理人において「本件家屋の賃借人であつた亡矢部うめの遺産相続については相続開始の時配偶者、直系卑属、直系尊属皆なかつたのであるから、同人の弟である控訴人の父鹿野島和平治及び訴外前島徳重が当然相続人となるものである。従つて同人等は相続に因り本件家屋につき賃借人たる地位を承継するに至つたものである。仮に本件のような家屋の賃借権についてはこれが相続をなすについて利益を有する者に限り、相続権ありとするも、控訴人の父和平治は本件家屋を使用することについて利益を有するものである。すなわち控訴人の父和平治を含めた控訴人一家は矢部うめと世帯こそ一にしなかつたが、現に同じ屋根の下に居住していたのであるから、その居住者である父和平治はうめと世帯や家計は別々であつても、家屋の使用についてはうめの相続人として、これを相続する利益を有するものといわねばならない。殊に父和平治は終戦直後から継続共同して本件家屋を支配的に利用して来たものであるから、本件家屋に対するうめの賃借権は当然これを相続するものというべく、従つて控訴人は相続に因り賃借人の地位を承継した父和平治の子女として本件家屋に住むことは適法であつて、不法占拠というべき筋合のものではない。なお訴外前島徳重が本件家屋の賃借権を抛棄したとの被控訴人主張は争う」と述べ、被控訴人は「訴外矢部うめに直系の卑属も尊属もなかつたこと、訴外前島徳重は控訴人の父和平治と共に右うめの弟であることは認めるが、同人等が相続に因り本件家屋の賃借人たる地位を承継したという主張は争う。仮にこれを承継したとしても、右前島は矢部家の整理を終り、九州へ帰国するに当り本件家屋の賃借権を抛棄したものである」と述べた外はいずれも原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

<立証省略>

三、理  由

東京都練馬区中村町三丁目六百四十六番地所在木造瓦葺平家建住宅一棟建坪十二坪の本件家屋が被控訴人の所有にして、被控訴人は昭和十年八月訴外矢部丈作にこれを賃貸したが、矢部丈作は昭和二十年中死亡したので、その後は同人の妻矢部うめに賃貸していたところ、うめもまた昭和二十四年四月中死亡したこと、控訴人はうめの存命中より同人とは世帯を別にして控訴人の父和平治(うめの弟)及びその夫粂治と共に右家屋の四畳半の一室に居住していたが、うめ死亡後は父和平治等と共に(その後夫粂治も死亡した)右家屋全部を占有してこれに居住していることは当事者間に争いがない。

よつて控訴人が本件家屋を占有するにつき法律上正当の権原を有するや否やについて考える。

(一)  控訴人は「昭和二十年罹災して住居を失つたので父及び夫と共に控訴人の叔母である矢部うめの承諾を得て右家屋に同居したもので違法に占有しているものではない」と抗弁するが、この事実だけでは家屋所有者たる被控訴人に対抗し得る法律上正当の権原があるものとは認め難い。

(二)  本件家屋の賃借人矢部うめは昭和二十四年四月頃死亡したが、当時同人には配偶者もなく、また、直系の卑属も尊属もなく、ただ弟である訴外前島徳重と鹿野島和平治(控訴人の父)の二人があるのみであることは当事者間に争いのないところであるから、右両名は法律上うめの相続人となるものである。およそ相続人は被相続人の一身に専属したものを除き、相続開始の時から被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継するものであり、家屋の賃借権の如きものも、被相続人の一身に専属するものでないことは明らかであるから、相続人は相続の限定承認若しくは抛棄をなさざる限り、相続に因り賃借権を承継し、賃借人たる地位を取得すべきものと解するを相当とする。もつとも、相続人において被相続人の賃借家屋を使用する必要なき場合には期間の定めなき賃貸借についてはこれが解約をなし得ることはあり得ようが、この一事によつて相続人が被相続人賃借家屋の賃借権を相続に因り承継することを妨ぐるものではない。本件においては右うめの相続人等において相続の限定承認若しくは抛棄をなしたと認められる何等の資料なく、また、相続人等のうち訴外前島徳重が本件家屋の賃借権を抛棄した旨の被控訴人主張事実についてはこの点に関する原審における原告本人神元理左衛門の供述はたやすく信用し難く、他にこれを認め得る何等の証拠もない。従つて右うめが有した本件家屋の賃借権はうめの相続人である右前島徳重及び鹿野島和平治において相続に因りこれを取得し、賃借人たる地位を承継したものと認めるのが相当であり従つてまた右和平治の子女である控訴人は父和平治の右賃借権の下に居住し居るものと認むべきである。

しからば控訴人は本件家屋を不法に占有しているものでないことは明らかであるから不法占有を理由として右家屋の明渡を求める被控訴人の本訴請求は失当でありこれを棄却せざるを得ない。

よつて被控訴人の請求を認容した原判決は不当であるから民事訴訟法第三百八十六条第八十九条第九十六条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 小堀保 梅原松次郎 原増司)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!